月別:2021年10月

 

 

 

 

 

寒くなると聴きたくなります。マーティンさんの路上ライブ。

温かくて優しくてきれいな歌声です。

 

行きかう人のドラマも想像してしまうような映画のような映像

とても大好きです。

 

海外旅行に行きたくなります。

 

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昨夜は、不思議な月夜に驚きました。

そして、自分は何を知っているんだろう。

知らないことだらけで、こうして毎日生きれていることへ

畏怖の念が湧いてきました。

 

イエス様という神様がいること

この方は人であったが神様であること

 

とてもシンプルな信仰ですが、

どうしてこうはっきりと言えるのか

これだけは、一人、ひとりに起きた身の上話で

同じ話は一つもない、と思っています。

 

私の身の上話をしても良いでしょうか。

 

結構です、と言われることもあるが、聞いてみたいという方もいる。

 

私たちは家族でイエス様を味わった。

あれもこれも奇跡だった、そして今も続いている。

 

だが途中の奇跡を綴る前に、

時代が大きく変わっていくちょうど今、家族はバラバラになっている。

あれと今のこれと・・・証ししあう霊にあっての新しい兄弟姉妹が

バラバラに、繋がらずにいる、油断したな、と痛恨の思いでいる。

 

油をたやすな

油は神の霊

 

一人きりの熾火のような火でも二人なら松明

それを束ねれば常夜灯になれるから、バラバラになるのはやめよう

注意しよう、と声かけあっていたのに

コロナ禍の直前に何故だかみなバラバラになってしまった。

 

感染予防に追われている間に2年近くの歳月が過ぎ

昨夜の月夜に、はっとなった。

 

「子らよ、わたしに帰れ」

 

人間の私でも子供たちへそう願い祈り魂は訴えている。

 

私たちの造り主

主は、触れば消えてしまうわが子たちを、どのように見ているのだろう。

失いたくない、一人も失いたくない、と見ておられる神様

 

 

それなのに、

イエス様を知った、ということを、

生きていく上での最上のツール、死と復活を知ったことだけを

妙に長けて使いこなし・・・

神様そのものをお前は知ろうとしてきたか・・・と、

 

月のまわりにできた見たこともない大きな輪

神様が天から見ているような神秘に息を呑み何度も何度も空を見上げた。

 

神秘

 

神様の息遣いがすぐ近くまで迫ってきているように感じて

昨夜は、天が近かった。

 

わたしだ、と天が近かった。

 

賢い乙女でいたい

常に油を携えている乙女でいたい。

 

 

神様を第一とする非凡な達人に出会った日々を思い出し

命をかけて神様を伝えてきた先輩方を思い出した。

 

コロナ禍で集えないクリスチャンライフの危うさを昨夜は気づかされました。

集まることをやめてはいけない。

そう聖書に記されている。

 

 

 

早く通常どうりシェアできる日々を祈ります。

 

 

 

 

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月の周りの空間が台風の目の中のようで不思議な光景です。

月の周りが虹色のようにきれいな光景は何度か見たことが

ありますが、今見た月夜は初めて見ます。

 

厳かな気持ちがわいてきて

あったかい掛物を持って、何度か屋上へ行ったり

月夜の下で、初めて見る空の光景に祈ってきました。

 

主よ、とりなしてはここにいます。

使ってください。

しもべはここにおります。

 

神様の霊が満ちる時の心地よさが広がったので

思わず、目を閉じて祈りました。

 

どこまでが同じ空の景色が見えるのか素人なので

わかりませんが、まだ寝ていない方は空を見上げることを

おすすめしたく、急いで書いてみました。

 

 

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私だけが感じているのだろうか。

流れが変わったように感じている。

 

ここ数日、自分の心境もガラリと変わった。

何が起こっているのだろうか。

 

世の中の状況が変わり、自分の心境もそれに伴い動き

自分の人生にも節目の時があればそれに応じて気持ちも変化する。

 

だが

ここ数日の変化はそのどちらかで味わったことのある感覚ではない。

新感覚だと思う。

 

コロナ禍で私は郷里に帰り実家の神職を継ぐのだと思っていた。

子育てや仕事は現役を終えた感がある。

残すは、逃げたという後ろめたさが消えないことから

 

そこへ向けて準備を考えていた。

それが今は、東京から動くまい、という意志が生まれてきている。

子供たちが前線で働く時代となり、コロナ禍でも逃げずに立ち向かい続けた

 

だからこそ

背後から祈りの応援を、と思って出した考えだったが

 

「いつでもどこでもわたしの名にあって祈るならばわたしはそれを叶えよう」

 

しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。

今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。

 

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなり

ません。

 (ヨハネの福音書4章23節・24節)

 

 

 

これまで起きてきた不思議も全部ひっくるめて「 時 」がきたのかと思う

 

あなたがたが知らずに拝んでいるものを教えよう

それでいいんじゃないか、それしかないんじゃないか

 

聞く耳のある者は聞きなさい

と、

神様は自由意志を人に託された。

なぜなら聖書は結婚が最終ステージだからだ。

結婚の意志のない花嫁をもらうことほど不幸なことはない。

ハッピーエンドはウイン・ウインが条件であり、未来が明るいことが

定義のようなもの。

 

「あなただけが白木の家に住んでいてよいのだろうか」

 

 

主の語りは、名工がおろす一寸釘のように的中して心を打つ

どれもがその時、その箇所に打つべき釘であり

私は、まだ実際は迷っている。

 

教えてください、イエス様

主よ、あなたの御心のままに生きたいのです、とまだもがいている。

心の底は凪で静かなのに、脳のどこかがまだ考えようとしている。

なんともまどろっこしい状況です。

 

 

 

 

 

 

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